エピソード102
カーブのところまで戻ってきた。
山のほうを向き直す。たしかに、北の方に向かって伸びる馬車の轍が、うっすらと残っているのだった。人が向かうこともある。馬車で向かうこともある。何とかなるのだろう。
やがて山に突き当たるが、たしかに人が歩くための山道がある。ガーデンブルグへの道は、まったく隠されているわけでもないようだが、まぁこんなところまで来る人はほとんどいないのだろう。
山を越えるとは予想だにしていなかったが、木こりがくれたチーズのおかげで助かった。彼にはすべてが見えていたのだろう。
きっとあの木こりは、怪しい者が道を尋ねるなら、何も答えないのだ。しかし「北にも馬車の轍が伸びていたぞ」とか言われれば、「気のせいだ」とは言えない。しかし、そいつらにチーズは渡さない。
れいは思った。
ひょっとするとあの木こりは、あの場所でガーデンブルグの民を守っている。そしてひょっとすると、その事実はガーデンブルグの民も気づいていない。それでも木こりは、ガーデンブルグの護衛をし続ける。
れいは物思いに耽る。
退屈すぎるほど退屈な道をゆくとき、れいはよく頭で何かを思索している。退屈な時間は、れいに思索をくれる。
「あの人は何を考えていたんだろうかな」そんなことを勝手に想像する。考えることで、ぼんやりと見えてくるものもある。
人は、人と会話をすべきだ。何か知りたいなら話を聞くべきだ。
しかし、丁寧に話そうと思ったって話しきれないこともある。話せないこともある。そういう部分は自分の頭で補完するしかない。補完してみることで、ハッキリとしてくる輪郭もある。
いいや、この山道に魔物がいないわけではない。戦いながらも、思索するのだ。
つまり、人は蚊と戦いながら思索することも出来るし、旅人は頭の痒さと戦いながら思索をすることも出来るのだ。
山を一つ降りきろうというとき、人工物らしき建物が見えた。
道を挟んで左右に一対の見張り台と、詰所だろうか。その奥には、こちらを向いた投石台も見える。
何日に1人の通行人かもわからぬこの道なのに、見張り台には人がいて、れいの接近に気づいて詰所に降りたようだった。
またあの、通行手形を見せる審査があるようだ。
戦士のような格好をした女性が3名。怖い顔をしてれいを待ち受けた。
れいは王の許可証を用意しながら、「この先はガーデンブルグでしょうか?」と礼儀正しく尋ねた。
戦「何用だ」ガーデンブルグだ、とは答えない。
れ「すみません。ただの観光なのです。
とても美しいお城があると聞きました」
戦「一人だろうな?」れいの後ろをちらりと見る。
れ「はい」
王の許可証を3人がともに確認すると、「通ってよい」と短く告げた。
れ「怖いなあ」国境から数十メートル離れてから、れいは漏らした。美しい顔立ちをしているが、怖い。でも仕方ないのだろう。余計な人を入れないためには、威嚇も必要なのだと理解は出来る。
男性を入れないためにここに関所があるはずだ。手強い男性が来ても太刀打ちできる、そんな自信のある女性の戦士たちだったのだろう。それが3人も。すごいな。
関所を越えると、その先には山に囲まれた盆地があった。なるほど。盆地を選んで国を建てたのか。
そして城壁街が見えてくる。街としてはそう大きくないだろう、城壁はぐるりとびっしり街を囲んでいるが、ずいぶん古ぼけている。かなり昔からここにあったのか。
城門の前には2人の人間が見える。
おや?2人とも何か、忙しなく動いているぞ。れいは目を凝らす。
れ「・・・踊っている?」
その通りだった。
城門を守る2人の女兵士は、なんと踊っていた。
れいはぽかんとしながら近づき、
れ「は、入ってもよいでしょうか?」と尋ねた。
兵「何用だ?」
れ「ただの観光なのです。女性ばかりの美しいお城があると聞いたもので」
さっきと同じやりとりを繰り返すと、「入れ」と兵士は短く言った。
れいはまず、兵士が機嫌を損ねる前に城門をくぐると、2人に尋ねた。
れ「あの、何をしていらっしゃるのですか?」
兵「あは。踊っているのよ」もう一人の兵士は少し愛想が良いようだ。
兵「門番なんて退屈でしょ?それにじっとしてるだけじゃ体が鈍っちゃうから。
だから見張りをしながら踊っているの。
大丈夫よ。それを提案したのは女王様だから、お咎めなんか喰らわないわ」
れ「へえ・・・」なんだか変わった国だ。
れいは向き直って二重門を押すと、咄嗟に言葉を失う。
れ「きれい・・・!」
城下町は、素朴でありながらも美しいのだった!
いつぞやのスタンシアラのように、石積みの家だった。しかしガーデンブルグの場合、石が黄色がかっている。ハチミツ色の壁をしているのだ。そして屋根にはもう少し茶色いレンガが乗っている。
スタンシアラの石積みの家は男性的な雰囲気があったが、こちらのハチミツ色の家並みは女性的な柔らかさがある。美しさと柔らかさを感じさせる要因はもう1つある。それは、たくさんの緑が植えられていることだ。壁にも蔦が這い、鮮やかな緑の葉がハチミツ色の家を覆っている。そしてところどころに赤やマゼンタの花が咲く。
ファンタジーの世界である!
庭を持つ家もある。庭を持つならなおさら草花が充実している。そして白いガーデンテーブルが置かれ、昼下がりにはお茶など楽しんでいる様子が伺える。
れいは、慌てて剣を仕舞った。杖も出さない。
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