エピソード133
しばらく歩くと一行は、海辺にキャンプを張った。
出来るだけ海に近いところで、何かに遭遇するのを待つしかない。
風が強いのでキャンプには少々厳しいが、不平を言っている場合ではないのだ。
馬車の幌を風上に上手く立てながら、一行は風の寒さをしのいだ。
夜。何か起きないか偵察を兼ねながら、アミンは海と空を眺める。
星屑はあちこちでキラキラと瞬き、本当に今にも落ちてきそうだ。
外灯などまるでないのに、海辺は意外と明るかった。
「そうか。お月様が大きいからだ」アミンは気づいた。
月は満月から少し欠けた程度で、かなりの光量を誇っていた。
夜でも少しは偵察が出来そうだな、と思った。
待っているより動くほうが好きなアミンは、3人に一言告げると、浜辺を少し歩きだした。
すると・・・
なんと、波打ち際に人らしき姿が倒れている!
アミンは全速力で駆け寄った。
人・・・?じゃない!下半身はヒレである。人魚だ!
しかし珍しい生き物に興奮している場合ではない!
ア「おい!大丈夫か!息はあるか!」アミンは人魚の体を揺すった。
人「あ・・・あ・・・」人魚はかすかに声を漏らした。
やがてうっすらと半目を開ける。
ア「良かった!生きてる!」
人「あ・・・お・・・
おとこの・・・ひと・・・
ごめんなさい・・・男の人とは・・・話せま・・・」
ア「!?」この緊急時に何を言っているのか、わけがわからなかったが、アミンは仲間たちを呼びに戻った!
4人はすぐに駆け戻ってくる!
な「うわー、ホントに人魚さん!!」しかし感動している場合ではない。
ゆ「大丈夫ですか?女が来ました!」
キキは人魚の体を見渡した。倒れている原因は何だ?
手にウニのような丸いトゲトゲを持っている!
キ「まさか、毒殺!?
今助けるわ!」
人「あ・・・あ・・・助けないでください・・・
死にたいのです・・・」
キ「ダメ!!!」
キキは解毒の魔法《キアリー》を唱えた!
キ「アミン!毒消し草の類と馬車を持ってきて!」
アミンは馬車へ駆け戻った!
キキの解毒により、人魚は意識を取り戻した。
焚き火を起こし、温かいものを飲ませる。
キキは慎重に言葉を選んだ。
キ「ごめんなさい。死にたいって言ってるのに。
でもね、死にかけの人を放っておくことはできないの♪」
人「・・・・・・」
な「人魚さん、お名前は?わたしはなな♪」
エ「私の名前は、エル」
ゆ「どうして死のうとしたの?」
エ「・・・・・・。
私は、人間に恋をしました。
コスタールという街の、太陽堂という道具屋の若者です」
ア「人魚なのに、あんな遠くまで行けるのか?」
エ「いいえ、彼がこちらまで来たのです。
商売のためにクレージュまで訪れ、そのついでに海まで来たようでした。
私たち人魚は、人間と交流してはいけません。
しかし私は、不意にこの海岸で彼に見つかってしまったのです」
ア「ふむ」
エ「『人間は怖い生き物だ!』と母たちからは教わっていました。
しかし彼はまったく怖い生き物ではありませんでした。
優しく私に微笑み、『可愛いね』と言ってくれました。
私はその笑顔に惹かれてしまったのです。
・・・・・・。
私と彼の交流を、母に見られてしまいました。
母は私を海へ連れ戻すと、ものすごい剣幕で起こりました。
『彼は怖い人じゃなかった』と言っても、信じてくれません。
『それに、私は彼の笑顔がもっと欲しくなった』と言ったら・・・
母はもっともっと怒ったのです!
人魚は人間の男に恋をしてはいけない、という掟は知っていたつもりでした。
でも、こんなにも怒られるとは想像してもいませんでした。
そして、好きになった人と再び会うことすら許されないとわかったとき・・・
私はもう、生きている価値を感じられなくなってしまったのです」
な「エルちゃんのママ、ケチだねぇ!」ななはエルの肩を持った。
しかし・・・
キ「とても言いづらいけど・・・
この件については、ママのほうが正解だわ・・・」
エ「えぇ!?」
キ「あなたは、運が良かった。
わたしたちも、運が良かった。
相手がどこの馬の骨かわからなかったら、解決の難しい問題だったわ」
ゆ「どこの馬の骨か、わからなくない?」
キ「ううん。エルちゃんさっき、『太陽堂という道具屋』って言ったわ。
その名前に記憶がある。
ア「ホントか?」
キ「えぇ。コスタールの路地裏で倒れてた冒険者さん。
道具屋と押し問答したって言ってたでしょ?
その道具屋の名前が、太陽堂だったわ」
ゆ「そうだったかも・・・!」
キキはエルに近寄った。
キ「エルちゃん。ちょっと目を閉じて?」
キキはエルの両のこめかみに両手を添えた」
キ「今、見せてあげる」
キキは、キキたちが例の冒険者と会話したときの様子を、霊視でエルに視せた。
そしてエルはさらに、その冒険者が道具屋と押し問答したときの様子も、視ることが出来た」
キ「・・・・・・どう?
彼は善い人だった?」
エ「わたしに見せた顔とは、まるで別人のようです」
キ「そうなの。人間ってそんなふうに、表情や言葉を使い分けるの。
特に男は女に対して、善い人のようなフリをするのよ。
商売人も、善い人のようなフリをするの。
それに、『可愛いね』は優しさですらないの。なんていうか・・・難しいけど」
エ「・・・・・・。
醒めました。
ありがとう」
キ「わかってくれた?」キキは嬉しそうに微笑んだ。
ゆ「ホントにこんなすぐ、納得できたのかしら?」