エピソード172
れいが町を見渡しながらポカンとしていると、住人の一人がれいに気づいた。
男「おまえ、どこから入ってきたんだ!」
れ「す、すみません。扉が、動いてしまったもので・・・」そう説明するしかない。れいは腰の刀を床に置いた。
男「自力でここを見つけたのか?」男はれいの謙虚な挙動を見て、警戒心を緩めた。
れ「はい」
男「何者だ?」
れ「冒険者です。観光しながら世界を旅しています」
男「情報を売ったりするのか?」
れ「いえ!そんなことはしません」
男「ふうん。ちょっとそこで待て。町長を連れてくる」
そう言うと男は、町の奥へと小走りで消えていった。そしてやがて、年配の男を連れて戻ってくる。
年輩の男はれいの姿を上から下へじろりと見渡す。
町「わしはこの町の村長。
この町に入るなら、おぬしの刀を預からせてもらおうか」
れ「は、はい。出るときに返していただけるなら、不服はありません」
町「おぬしは何者だ?」
れ「私はれいと言います。ただの冒険者です。絶景を見たくて旅をしています。時々は人助けをします。
赤い髪のルビス様に関連があるのでは、と耳にし、興味を抱いたのです」
町「精霊ルビスを知っておるのか?」
れ「知っているというほどのことでもありません。
旅の中で知りました。精霊ルビスは平和を愛する民と、勇気ある者の背中を押すと思っています。
精霊ルビスの伝承を辿っていけば、面白い旅になるのではないかと思っています」
町「なるほどな。よいじゃろう」
町長はれいをこの町に受け入れた。
近くの食堂へ行こうと、れいを誘(いざな)う。
れいは地下の町をキョロキョロと眺めながら歩く。町の様子自体は外界ののどかな町と大差ない。家々は石ではなく木で造られていて、地上の東メボンよりはやや簡素だろう。限られた建材で懸命に造っていることが伺える。地下にも畑はあり、葉野菜はきちんと青く茂っている。太陽がなくても育つのか。
住民たちはれいの存在に気づくと驚く。しかし町長が付いているので不安がらない。町長は全面的に信頼されていると見える。人格がしっかりているのだろう。れいもこの人を信頼してよさそうだと思える。
1つの食堂に入ると、軒先のテーブルに座る。
町「お腹がすいているだろう?
何か食べるものを出してやってくれ」と、町長はまずはれいの腹ごしらを気遣う。
れ「ありがとうございます」
町「それと、誰かリッカを呼んできとくれ。
さて・・・
この地底都市は、精霊ルビスの啓示に従って造られた。
・・・あぁ、メボンのことはどの程度知っておるのだ?」
れ「東西で対立があったと聞きました。西の人は戦いたがり、東の人は平和を望んだ、と。
西の町が壊滅された様子も見ました」
町「よかろう。
そのとおりじゃ。平和を望んだが、どうにもならかった東メボンの民に対して、精霊ルビスは天啓をもたらした。
『地下に町を造りなさい』と。
そんなことが出来るのか!?と我々は面食らったよ。
しかし、何もせずに戦火に焼かれ死ぬくらいなら、何か足掻いてみてもよいのではと思った」
れ「西の大陸では、同じ様な状況で、新たな土地に移住した国もありました」
町「そういうことも考えた。出て行った者もおる。
しかし『空の上の天国を目指しても、すぐに突き落とされるだけだ』という伝承がこの国にはあった。
いいや、『逃げ帰ってくる』だったかな。どのみち遠くに安住の地を求めるのは現実的でないと思った。
れ「『空の上の天国を目指しても、すぐに突き落とされるだけ』?
それは、天空のお城のことですか?」
町「おぬし、天空の城にまで赴くつもりか?無謀なことはやめておきなさい。
すぐに突き落とされるだけだ」
れ「ここも、安全ですし天国のようなものですね」
町「まぁそうも言えるがな。
天国には、段階がある。ここは『少し天国』じゃな。争いのない町ではある。
世界にはどうやら、もっと崇高な場所もある。ここよりもっと天国がある。
しかし、行きたいから行けばいいというものでもない」
れ「そうなのですか?」れいは内心、少し興味がある。無謀だとは思っているが。
町「オーパーツという言葉を知っているか?」
れ「オーパーツ?」
町「この世界には時々、奇妙なものが発掘される。
その時の文明では作りようもないものが、貝塚から掘り起こされたりするんじゃ。
東メボンの近くの土地でも、やたらと精密な鉄の船の残骸が発見されたことがある。翼を持つ、鉄の船だ」
れ「翼を持つ、鉄の船!」
町「我々が知らない遥か昔には、今よりもっと工業の栄えていた文明があるらしい。
彼らは意のままに空を飛んだのだよ。その鉄の船など使ってな。
それで天空の城を見つけようとも、あっけなく突き落とされるのだろう。
考えてもみろ。
天国に悪人が訪れれば、そこは天国ではなくなる。
怠惰な者が訪れれば、そこは天国ではなくなる」
愚か者が天国に行っても、そこは天国ではない。
れ「天国がどこにあるか、というのは、ある意味不毛な問いかけなのだわ・・・!」
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