エピソード52
翌日は、特に予定もなかった。
朝食を食べると町をぶらぶらと歩く。
町のはずれでは、新しい家を建てる男たちがいた。この町特有の、石を積み上げて泥で固めていく工法だ。
れいは興味深くそれを眺める。れいの歩調が緩くなる。
デ「手伝ってきたらどうだ」とデイジーはれいをけしかけた。
れいはうなずいた。
れ「あのう、家づくりをお手伝いしてもいいですか?」
男「なんだ?どういう意味だ?」
れ「いえ、意味も何もないのです。
ただ単純に、石を積んでみたいのですが、お邪魔ですか?」
デ「こいつの武器はその石より重たそうだろ?」デイジーは大工たちを端的に説得した。
男「まぁいいが」
れいはしばらく、大工仕事を手伝わせてもらった。
ただただ延々と、石を積んでは泥で固める。また石を積む。
男たちは不思議そうにしている。
男「なんだ?カネが欲しいのか?」
れ「いいえ」それ以上何を説明していいのかもわからない。れいにとっては、サランの暮らしで体験したことのないことは何だって楽しいのだ。しかしスタンシアラの男たちにとって、石積みなんて好んでやりたいものではない。だかられいが何を考えているのか、理解しがたいのだ。
デイジーは工事現場の隅の大きな岩に目をやる。
デ「おい。これ、粉砕して積み石にするのか?」
男「あぁ、そうだが」
するとデイジーは、《グレートハンマー》を取り出した。
ドカン!
とても涼しい顔付きで、思いきり巨石を叩き割った。
デ「先、行ってるぞ」デイジーはそれだけやると、そそくさと歩き出した。
れいは小走りでデイジーの後を追った。
男「なんだったんだ・・・?」
男「さぁ」
デイジーはれいを振り返って言った。
デ「戦いたいんじゃなくて、旅が好きなんだろ?」
れ「えぇ、たぶん」
デ「あちこちで人と関わったらいい」
れ「デイジーがそんなこと言うとは思わなかったわ」
デ「声を掛けられたものに応じるんじゃない。
自分から、声を掛ければいいんだ」
れ「なるほど」
デ「『恥ずかしい』は弱点だ。克服しなきゃいけない」
れ「はい」
デ「石積みの家が楽しいなら、もっと田舎に行ってみるか?」
デイジーはれいに提案した。何も近い町ばかりを繋ぐ必要もない。
れいは世界のどこに何があるか何も知らないが、デイジーはもっと知っている。次に行く場所を提案することも出来る。
れ「私の村より田舎があるのかしら?」
デ「おまえの村には図書館があったのだろう?もっと田舎はたくさんあるぞ」
夕暮れ前。
石の炭鉱町には似つかわしくない、洒落たコートを着た吟遊詩人が噴水広場に立っている。
その彼を、10人ばかりの子供たちが囲んでいた。
何をやっているのだろう?れいはまた立ち止まって、興味深く眺める。
吟遊詩人は子供たちに、ラフな絵画を見せている。そして何やら大声で叫ぶ。
吟「・・・そこでアルスは、カッコよくフルートで、恋の歌を奏でようと大きく息を吸い込み・・・
し、しかし!緊張で手が汗ばんでいて!
ピ――――!!と変な音が鳴り響いてしまうのでした。
残念残念!アルスは町娘に、フラれてしまったのでした~」
子「きゃははははは!」
子「だっせぇ~」
子「かわいそうに~」
デ「紙芝居だな」
れ「かみしばい?」
デ「あぁ。簡単なストーリーを作って、子供たちに聞かせてやるものだ」
れ「絵本のこと?」
デ「似たものだ。絵本は一人か二人で読むものだが、紙芝居はこうして、何人もに同時に読み聞かせてやることが出来る」
れ「私の村にはなかったわ」
デ「くっくっく。あのアルスという男は、きっとこの吟遊詩人本人だぜ!
コートの柄がまったく同じだ。
自分の旅のエピソードを、紙芝居にして子供たちに見せてやっているんだろう」
れ「自分の失敗談なんて、恥ずかしくないのかしら?」
デ「ユーモアセンスのある人間は、自分の失敗談で人を笑わせるのが好きだ。オレには到底マネできんがね。でも昔そういう友人もいた。尊敬するよ」
絵を描く吟遊詩人。大げさにおどける吟遊詩人。哲学ではなく、自分の失敗談を人に聴かせる吟遊詩人。吟遊詩人にも色々いるのだな。
デイジーの言っていることは正しかったのだろう。その吟遊詩人は紙芝居のオチを子供たちに笑われ、とても幸せそうな顔をしていた。
とても幸せな町の風景だな、とれいは思った。
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