エピソード83
道なりに行ったが、どうやら山を越える。そんな話は聞いてないぞ!冒険者たちは山の1つや2つを障害物とはみなしていないフシがある。まぁれいもそれには慣れつつある。大して大きな山でもないし、道もあった。れいのふくらはぎは、もうかなり強い。
こちら側の麓には小屋があり、山越えの冒険者のために寝床と道具屋などをささやかに提供していた。
「沢の近くの道を登っていくと、絶景に出会えるよ」と宿屋の男は教えてくれた。
山道は川沿いではないが、沢の音が聞こえるたびにれいは川を探して寄り道をしてみた。
3時間も登っただろうか。そろそろ宿屋の男の声も忘れかかっていた。
そんな折り、本当に素晴らしい風景に出会った!
小さな滝の下に、棚田のような溜め池が段々に連なっている。しかもその溜め池の水は、翡翠(ヒスイ)のような美しい色をしているのだった。粛々と落ちる小さな滝も美しい。
まるで妖精たちの隠れ家のようだ!
れ「うわぁー!」れいは息を飲んだ。
れいは辺りを見渡し、誰もいないことを確認すると、翡翠色の溜め池でしばし水浴びを楽しんだ。
時々、あちこちの水面がツンツンと跳ねた。まさか、本当に妖精が戯れているのではあるまいな。
これだこれだ!こうしたファンタジーのような絶景に包まれたくて、れいは旅に出たのだ。それは「見る」だけでは充足しない、実際に訪れ、体で浸らないと得られない恍惚である。
冷たい水は、山道で汗をかき疲れ、火照った体を優しく冷ましてくれた。
「川で水浴びというのも良いな」そしてれいは新しい知恵を学習した。これは浴室代わりという生活の知恵であるだけでなく、ちょっとしたレジャーである。
水浴びを終える。汗は洗い流され、体はとてもスッキリしている。頭はシャッキリする。
これは自然が提供する《ホイミ》だな、とれいは思った。
山頂からの眺めも美しい。まるで世界のすべてを手中に収めているかのように地平線は遠いが、しかしまだまだ広いのだろう。途方もない。しかし自分はそこを目指すのだろう。それは素晴らしい。
険しすぎる山はしんどいが、手頃な山というのはいい。そこから眺める景色は素晴らしい。
そして、旅立ちの日に『吊り橋の試練』の先のツリーハウスから眺めた景色を、思い出すのだった。
無事に山を下る。こちら側の麓にも山小屋があったが、人の姿はなくもぬけの殻であった。
風雨をしのげるだけでもマシだ。れいはこっそりと、一晩の寝床を分けてもらった。
「もしこちら側から登っていたら、妖精の滝つぼを見つけられなかっただろうな」とれいは思った。同じ山、同じ場所に赴いても、そこで見つけるものは人それぞれに違うのだ。するとその場所への感想・印象も変わる。道中で狂暴な獣に出くわすのか、優しい人に出会ってフルーツを分けてもらうのか、それによっても印象は変わる。
結局のところ、「どこがどんな場所であるか」は、自分が訪れてみないことにはわかりようもないのかもしれない。
平原に戻る。とこどころに、とても鮮やかな黄色い花畑が見える。
黄色ではない色の花も見る。平原に色が増えてきた。
やがて馬車や人の姿までもが見え始めると、新しい城下町に辿り着いた。