CHAPTER 25
サマンオサの喧噪とは打って変わって、静かな場所だった。
窓の外からは波の音ばかりがざぁざぁと、1000年前のような素朴な音楽を奏でていた。
荷物を置き、一息つくと、ミユキはさっきの老婆を探した。
老婆は波音の聞こえる縁側で、揺り椅子に揺られながら裁縫をしていた。
ミユキはその横にしゃがみこむ。
ミ「お婆さま?」
婆「おやおや?どうされました?」
ミ「ここはわたくしにとって、少し懐かしい場所です」
婆「おや?ここに居たことがおありで?」
ミ「いいえ、ここではありませんが…私は幼いころ、修道院で育ちました」
婆「ほぉ」
ミ「修道院で……修道院に、捨てられました」
婆「………。
捨てられたのですか?」
ミ「母親に捨てられた、と聞いています。
わたくしはまだ、3歳でした」
婆「そうですね。波の数と同じように、数えきれないお話です」
ミ「えぇ」
婆「………。
それが本当だったか、わからないことだわね」
ミ「本当のことです」
婆「あなたのお母さんの本心が、本当に『捨てた』であったのか、今となっては誰もわからないこと」
ミ「…え?」
婆「ほほほ。
『捨てた』と突き放せば、母親を探そうとしたりはしないだろう。幾らかの親は、そう考えて修道院に子を託します」
ミ「わたくしの母は…ミユキを捨てていない…?」
婆「わかりません。それは誰にも、婆にもわかりません。
ミ「………。」
老婆はしばし目を閉じて、そして呼吸を整えた。
婆「ほほほ。
この修道院には、古い言い伝えがあります。
古の勇者ロトの妻は、名をローラと言いました。姫にして勇敢な冒険者でした。
彼女は、娘の一人を、どこかの修道院に預けたと聞きます」
ミ「え!
ロト様とローラ様の子孫は国を築いたのです!みな王族です!」
婆「えぇえぇ、そうでしょう。
3つの国ではなかったですか?向こうの大陸のことですが、伝え聞いています。
しかし、それが子のすべてだったと誰がわかりましょう?」
ミ「誰も…わからない…」
婆「言い伝えが本当かは、婆たちも知りません。
しかし、その言い伝えが本当であるなら…?
修道院はときに、世界の希望の光となる子を託される。
日々その可能性があることを肝に銘じて、婆たちは戸を叩く者たちにパンと寝床を授けます」
ミ「………。」
ミユキは肩を震わせ、涙を流していた。
婆「お嬢さん。人の生き方など無数にあります。
何が正しいというものでもない。
婆たちは、光の子に命のスープを与えることに誇りを持って、浮世離れを選んで暮らしております」
ミ「ヒック…ヒック…くしゅん」ミユキは様々な感情に伴って泣いていた。
そのときだ。
婆「おっと」
カシャン。老婆は不意に手をすべらせて、持っていた刺繍の木枠を落としてしまった。
ミ「…!!
お婆さま!それ!!」
なんと、ポートセルミで見た《風の紋章》とよく似た手芸品だった!!
ミ「お婆さま!それは何ですか!?」
婆「これですか?お月様の紋章ですよ。
この修道院に代々受け継がれる、伝統工芸のようなもの。
元々は、この修道院を1つの小さな国と見立てて、その国旗のようなものだったと聞いていますが。なぁに、今となってはただ、暇つぶしのために刺すのです」
ミ「《月の紋章》だわ!!!」
ミユキは皆を集めた。
一行は老婆にすべてのいきさつを話した。
そして、その紋章を譲ってくれないかと請うた。
婆「まぁまぁ!どのみちあなたは、光の子だったのねぇ」
老婆は《月の紋章》を快くミユキに託し、微笑みながら言った。
ミ「わたくしが…光の子…?
わたくしは、ローレ様に《ホイミ》をしているだけです」
婆「光の子を助けようとするなら、あなたも光の子でしょう。ほほほ」
『転生したらローレシアのメイドさんだった件』