CHAPTER 34
グビアナへ向かう旅路は、砂漠を渡るハードなものとなった。
戦闘にゆとりが生じたかと思えば今度は精神的体力的にしんどい行程だ。人生とはなかなか順調にはいかないものである。木陰も無く照り付ける太陽にばかりは、誰も勝てそうにない。
砂漠の砂嵐の向こうに小さな村が見えると、一行はそこで休息をとることにした。
男「旅人か?ヤハーンで休息なんてすべきじゃないよ!
ここは最近窃盗が多くてね。冒険者や隊商はなおさら狙われる。すぐに通りすぎたほうがいいよ!」
そうは言われても、休息をせずに砂漠を渡りきる体力は持たないように思えた。
砂漠に派生した村はとても簡素だ。土レンガを重ねた家々は素朴そのものである。オアシスと言えるような水場はなく、水はとても貴重なものであるようだった。
村人たちに様子を聞くと、「別に物を盗られたこともない」と話す者も多かった。かと思えば、家宝の像を盗られたり買ったばかりの武器を盗られたり、といった話もあった。
一行は身の危険を感じながらも、ヤハーンの村の宿で一夜を明かした。
夜半のこと。
カタン…!
女性二人の眠る部屋で小さな物音がした。
サ「誰だ!」
しかし、待ち構えていたかのようにサマルが大声をあげた!
すると人らしきもの陰は、窓のない窓からすばやく去っていってしまうのだった。
月の光を頼りにサマルが見たのは、「青い髪の瘦せた男」だった。
部屋を見やると、なんと《いかずちの杖》と2つの《アモールの水》がなくなっていた!
待ち伏せで防げると思っていた盗難に遭い、一同はショックを隠せなかった。よりによって希少価値の高い強力な武器である《いかずちの杖》だ。
取り返さねばならない!
翌朝、一行は事情聴取に取り掛かる。
「青い髪の痩せた男を知っているか?」と。
すると、「素性の知れない男が時々この村に来る」とよろず屋の男が言った。
それはとても怪しい!と一行は思った。しかしだ、
「ポカパマズさんだ!」と子供たちは嬉しそうに言うのである。
「青い髪で痩せた男と言ったら、ポカパマズさんしかいない」と。
サ「それは誰なんだい?」とサマルは優しく問いかけた。
子「僕たちと遊んでくれるんだよ!それに甘いお芋やバナナをくれるんだ」
どうやら、子供たちには特に好かれている様子であった。
サ「その人は盗賊だったりしないかい?人のものを盗むんだ」
子「そんなはずないよ。だってポカパマズさんは貧乏人さ。いっつもボロボロの服を着ているもの」
隊商から金目のものを盗んでいて、貧乏人なはずはない。一体どうなっているのだ?
青い髪の男、もしくはポカパマズとやらがどこに住んでいるのか、聞き込みしても誰も知らないのだった。
もう一度向こうから来るのを待つしかないか、と考えて、ヤハーンの村に再び宿をとる。
しかし2日目の晩には何も起こらないのだった。
翌日、どうしたものかと考えていると、他の冒険者と出会った。一人商人であるらしかった。
商「青い髪の男?あぁ、そんなようなのを向こうの孤児院で見たぞ。バトランドの近くさ」
サ「あなたも物を盗まれたのですか?彼は盗賊なんです」
商「盗賊?そうとは思えんなぁ。
孤児院に金を寄付して、それで子供たちに囲まれていたぞ。
商売しか頭にないアタシは気まずいから、話しかけもしなかったがね。ははは」
サ「孤児院に急いだほうがいいかもしれない!
換金されたら杖を取り返せなくなる!!」
一行はバトランドへ向けて、踵を返した。
孤児院はどこだったかな?バトランドへ向けては時々立札があるが、孤児院の場所を丁寧に教えるものはない。
せっかく進めた歩を逆行するのは焦りともどかしさを引き起こし、複雑な気分にもなるのだった。しかしとりあえず《いかずちの杖》を取り返すことは非常に重要なはずだ。
バトランドの近郊を、記憶を頼りにうろうろしていると、やがて古い屋敷を再び見つけた。
サ「すみませんーん」扉を叩こうとすると、屋敷の裏から子供たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。数人の子供たちに囲まれて、一人の大人が歩いてくる。
サ「ヤツだ!青い髪の男!!」
サマルの声に気づき男は驚いたが、子供たちに囲まれ掴まれているゆえ逃げることが出来なかった。
男はこちらを見て呆然としているが、サマルたちが近付くと顔をそらしてしかめるのだった。
サ「君たち!その男は危険だ!盗賊だよ!!」
子「盗賊?わはははは!違うよー!
ポカパマズさんは僕らと遊んでくれるんだ」
男「いや…」男は堪忍したかのように力なく肩を落とし、彼の手を掴む子供たちの手を優しく離した。
男「盗賊というのも…間違ってはいない」
「えー!?」子供たちは一同驚く。
女「ちょっと待ってください!」
状況を聞きつけた孤児院の女性が口を挟んだ。
女「彼は、ポカパマズさんは痩せこけボロボロの服を着た貧しい人です。
この孤児院に『少しのパンを恵んでくれ』と言って時々訪れます。私たちは彼にささやかな食事を与えます。
しかし、どういう偶然でしょう?
彼がパンを食べて立ち去ったあとにはいつも、どういうわけか屋敷のどこかにお金や食べ物や生活用品が置かれているのです。
サ「どうなってんだ!?
あんたは、正義なのか悪党なのか?」
男「愚かだな」
サ「なに?」
男「愚かな質問だ。
悪党が自分を悪党と言うか?」
サ「まぁそうだけどさぁ」
ロ「…じゃぁポカパマズというのは偽名か?」
男「え?」
ロ「悪党が自分の名を名乗るとは思えない」
男「………。
カミュ。
俺はカミュと言う。
おまえたちこそ何者だ」
ロ「商人の用心棒…じゃなくて、魔王討伐を目指して旅をしている」
サ「ちなみに善人だって自分の名を名乗らないことがあるよ(笑)」
カ「ぷっ!面白いことを言うな」
サ「えへへ、腕力はローレが世界一だけど、ジョークは僕が世界一なんだ」
カ「悪かった。全面的に謝る。杖は返す。」
サ「良かったー!」
カ「運が良かったよおまえたちは。
本当はバトランドで換金してからここに来ようと思ったが、なんとなく先にこっちに来たくなった」
ム「あなたも運が良かったわ」
カ「え?」
ミ「バトランドでその杖を換金しようとしたら、すっごい怖い顔の兵士長にしょっぴかれて地獄よりも辛い刑罰を受けていましたよ!」
カ「ふふふ。そうか」
サ「ははは(汗)」
カ「なんとなく…なんとなくだ。
『なんとなく』はいつも正しい。」
サ「何言ってんだ?」
カ「今だってそうだ。
おまえたちに捕まったとき、本当は強引に逃げたって良かった。
でも、そうすべきでないと感じたんだ」
サ「なんとなく?」
カ「そう。なんとなく。
そして、おまえたちは俺が窃盗を働く対象でなかったことも、会話の中でなんとなく察した」
ロ「『窃盗を働く対象でない』?」
カ「………。
信じてもらえるとは思っていないが…………。
俺は金持ちや悪党からだけ窃盗を働く。
そして盗んだものを換金して、飢える者たちに配って生きている」
ロ「そういうことか」
カ「信じるのか?」
ロ「『なんとなく』な。
『なんとなく』、信じて良い話のような気がした」
ローレは後ろを振り返り、仲間たちに同意を求めた。
皆にっこりと笑ってローレに同意した。
サマル「ははは!君は本当に運が良かったよ!」
カ「まだ何か妙縁があるのか?」
サマル「つい数日前まで、僕らはこんな貴族めいた格好はしてなかったんだ。
それこそ盗賊によく間違われたよ」
カ「それなら運が良かったのはおまえたちのほうじゃないのか?
金持ちに見えないいでたちをしていたなら、俺には狙われなかった」
サ「でもそしたら君、僕たちに出会えてなかったぜ?」
カ「…!!」
カミュはうつむき、腕で顔をぬぐいはじめた。泣いているのだ。
サマルは友愛の気持ちを込めて、カミュの背中をバンと叩いた。
サ「それより、君こそなんでそんな、いかにも盗賊と疑われそうな格好してるんだよ?」
カ「盗賊めいた格好をしているつもりはない」
ロ「そんなボロボロの服を着ていたら、盗賊だと間違われるよ」
カ「まともな服を買うカネなどないからな」
サ「え?さんざん金目のものを盗んできたんだろ?」
カ「すべてカネに替えて誰かに寄付した」
サ「一着くらい《たびびとの服》でも買ったらイイだろ(笑)」
カ「一度上等なものを手にすると、延々とそれを買い続けなければならなくなる。
だから俺は何も持たない」
サ「…もしかして君、すっごい強いんじゃないのか!?」
カ「知らない。戦いに興味はない」
ミ「…あのう…?」不意にミユキが口を挟んだ
ミ「ひっく…ひっく…じゅるじゅる」ミユキは目に大粒の涙を浮かべている。
ミ「あのう、わたくしに何かできることはありませんか?」
カ「…!!
…何もない」
ミ「…そうだ!」
ミユキは何かを思いつき、自分の持ち物をがさごそといじり始めた。
先日まで着ていた《身かわしの服》を取り出すと、それを裏返した。
ミ「これ、《身かわしの服》。表は鮮やかな黄緑ですけど、裏返すと暗い色なんです。
裏返したって身かわしやすさは変わらないんですよ♪ラノベで読みました」
カ「やめてくれ!なぜそんなことを!」
ミ「『なんとなく』です(笑)」
カ「馬鹿げている!」
ム「でも、『なんとなく』がいつも正しいと言ったのは、あなたよ?」
ミ「もう!わたくしのセリフとらないでくださいー!!」
サ「あはははは!」
カ「う……く……!」カミュの目は大粒の涙が止まらない!
カ「言っただろ!上等なものを得るとそれを続けるのにカネがかかるんだ!」
ミ「でも、あなたが着ている服が5年持ったなら、きっとこの《みかわしの服》も5年持ちますよ♪」
サ「ははははは!君、完敗だよ!堪忍したまえ!」
一行はその日、孤児院に一部屋を与えてもらって休息をした。カミュはいない。
夜の暇を潰すべく、4人で静かに語り合っていた。
ム「…それはそうとミユキ?
慈愛は素晴らしいことだけれど、その優しさは危険だわ」
ミ「え?なんのことですか?」
ム「カミュに自分の大切なものをあげたでしょう?
男の人は、自分に好意があるのかと勘違いしてしまうものよ」
ミ「ドキ!」
ム「え?」
ミ「か、勘違いではありません。
わ、わたくし、カミュ様のことを少し好きになってしまったのです(照)」
サ「えー!?」
ミ「ローレ様ごめんなさい!!ローレ様を愛しているのにわたくし…!!」
ロ「…!!!」ローレは顔を真っ赤にしている!
ロ「ミユキ、今とんでもないことを…!
あ、あい…?」
ミ「えぇ、わたくしずーっとローレ様を愛しておりますけれど♡」
ロ「…!!!」ローレはさらに顔を真っ赤にしている!
ム「えぇ!?ローレはミユキの気持ちを知らなかったの!?」
サ「ほらぁ、ありがとうくらい言ってやれよぉ!」サマルはいつも以上にバンとローレの背中を叩いた。
ロ「あ、ありがとう…」
ミ「いいえ♡」
ロ「えぇと、なんだっけ、その…
君が僕を愛しているとして、他の男に『愛しい』という感情を抱いても、それは罪深いことだと思わないよ」
サ「えぇ?浮気されてもいいっていうのかい?」
ロ「浮気?言葉の定義はわからない。
少なくとも、僕はミユキに愛されているだけで幸せだ。
そんなミユキの感情や行動を縛る筋合いなど、僕にはないと思ってる」
サ「ミユキが時々君を離れて、カミュに会いに行ってもいいっていうのかよ?」
ロ「寂しいけど、怒る権利もふてくされる筋合いもないことだよ。
心のモヤモヤは剣でも振って忘れるんだ。
…そして、もしミユキが5年後に新しい《身かわしの服》をカミュに贈りに行くなら、僕がその服を買ってミユキに渡すだろう」
ミ「ローレ様!ますます大好きです!!
わたくしのすべてを認めてくださって、このうえない幸せでございますぅ♡」
ロ「ど、どうも(汗)」
ミ「ちなみに…
サマル様のことも少し好きですぅ♡」
サ「ちょっともうヤメてくれよ!僕は感情の整理ができないぜ!!」
ミ「ムーン様ごめんなさい。
『冒険に恋愛は挟むべきでない』とムーン様は以前おっしゃいました。
横にいる一番の従者が、ムーン様の思想に反しているなんて…」
ム「うふふ。良いと思うわ♪」
ミ「えぇ?良いのでしょうか?」
ム「えぇ、『なんとなく』ね♪」
『転生したらローレシアのメイドさんだった件』