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エピソード15 『イエスの子らよ』

「わかりません。」シスター・サラは言った。

「わからんとな!?」おばあ様は、ひっくり返った声で聞き返した。

「私は、イエス・キリストから1500年も隔たれた時代を、生きています。

 ですから、確証の持てることは何も、ありません。」

「たしかに、それはそうじゃが…」

「しかし、私が母から聞かされている血族が真実なのであれば…

 おばあ様の問いへの答えは、『YES』です。」

「なんと…!!」

イエス様の子孫ですって!?

その場の誰もが、言葉を失ったわ。


シスター・サラは、りりしくおばあ様の両目を見つめた。

するとおばあ様は、突風にけおされるように、倒れこんだ。

私とエルサが、あわててそれを支えた。

「すさまじいオーラじゃ…!」

「………………。」シスター・サラは、何も言わない。

「おぬし、なぜ今まで、素性を隠しておった?」

「むしろ、死ぬまで誰にも話すことはないと思っていました。

 口外することは、母から固く禁じられているのです。

 ただ、口外して良い条件が、1つだけありました。

 誰かが私の素性を、見抜き、指摘してきたときです。」

「今がまさに、その歴史の転換期ということか…!」

「それほど大げさなものとは思いませんが、

 生まれて初めて、条件が果たされました。」


「少し、聞かせてくれんか?おぬしの話を。」

「………。何から話せば良いでしょうかね。

 ………。

 私の祖先、マグダラの話からしましょう。」

「マグダラのマリアか…?」

「はい。一般的にそう呼ばれる女性です。

 マグダラは、娼婦であったと言い伝えられていますが、それは誤りです。

 彼女は、女王イシスの神殿で厳しい修行を積んだ、優秀な巫女でした。

 彼女は、やがてイエス・キリストの助け人となることが、10年前から決まっていました。

 イエス・キリストの『復活』の使命のためには、

 達観した女性による、エネルギー的な補助が必要であったのです。

 その役を担うためには、恋仲になる必要性もありました。

 マグダラは才色兼備であったため、

 イエス・キリストに見初められることは、難しくありませんでしたが、

 使徒や弟子たちから、激しいやっかみを買いました。

 娼婦という汚名も、そのときに着せられました。

 そうした迫害も予想されていましたが、

 マグダラは、その使命に飛び込んだのです。」

「そのようなことがあったのか…!」


サラは続けたわ。

「イエス・キリストは、

 磔刑(たっけい)に処されるその直前に、一粒種を遺していきました。

 マグダラのお腹の中に、です。

 過ちではありません。天使様からの示唆です。

 磔刑と復活のあと、

 マグダラは、ひっそりとエルサレムから姿をくらましました。

 それからは人知れず、娘と二人で隠とん生活を送りました。

 その、マグダラの娘の名前が、サラといいました。」

「その伝承は、真実であったのか…!」

「真実であったと断言はできません。

 私はそう、聞かされてまいりました。

 何とぞ、口外をなさらないでいただけますか?

 私、追われる身となってしまう懸念があります。」

「じゃろうな。イエスの子孫が残っているとなると、

 さまざまな陰謀が働きかねん。

 幼な子たちよ?口外は禁止じゃ。約束できるな?」

「はい。もちろんです。」二人そろって、お利口に返事したわ。

…正直私は、あんまりよく話がわかっていなかったのだけれど。


荷が下りたように肩をなでおろすと、サラは続けたわ。

「もう少し、続けましょう。

 娘サラは、母マグダラから基礎教育を受け、霊的な教育も受け、

 己れの奇異な出生を理解しました。

 サラは思春期になると、たった一人の肉親である母マグダラから離れ、

 やはり俗世間から離れて生きました。

 母マグダラから渡されたものは、1つの言葉、ただそれだけでした。」

「言葉…?」

「『師イエスと同じように、

  天使様の御言葉(みことば)のままに生きなさい』と。」

「私欲を失くせということか?」

「サラもまた、私生児を生みました。

 交わった相手は、田舎の庭園の、雇われ庭師であったそうです。

 結婚はせず、父親の存在を誰にも隠したままで、産んだのです。

 もちろん、天使様の御言葉が、そのように指示したからです。

 私生児を産み育てることは、罵声や迫害をまぬがれませんから、

 サラはとても葛藤しました。

 しかしサラは、天使様の御言葉に従いました。

 娘の名をマリアと名づけ、

 同じように女手ひとつで育て、俗世間から離れて生きました。

 ただ1つ違ったのは、

 娘マリアが7才のときに、修道院に預けたことです。

 『師イエスと同じように、

  天使様の御言葉(みことば)のままに生きなさい』

 と書いた紙切れだけを、娘のポケットにつめ込んで。

 娘マリアは20才になると、修道院を離れました。

 あとはその繰り返しです。

 娘たちの名は、サラとマリアが交互に付けられ、

 異なる修道院を転々としながら、女系で血と精神をつないできました。

 磔刑(たっけい)のときから1500年が経ち、

 今は私がこうして、サラとして生きています。」



『イエスの子らよ』

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