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エピソード20

僕は、ヌビア村に向かおうと思った。


山の上から見ると、すぐ近くにあるように見えたけど、

実際に歩いてみると、30分以上も掛かった(笑)

川岸と集落は、小さなミニバスが結んでくれているから、

フツウはそれを利用するようだね。


30分掛けて集落に迷い込んでみると、

とても静かな、のどかな村だった。

商業施設は、ほとんど見当たらない…

一つも無かったかもしれない。それくらい静かなとこだよ。

路地は、迷路のように入り組んでいて、

「迷子が趣味」の僕としては、

散歩し甲斐のある集落だった♪

民家の壁は、

山の上から見て感じたのよりも、ずっと、

美しい、繊細な、薄い水色が多かった。

また、子どものラクガキは、ほとんど見当たらなかった。

道にはゴミなどもほとんど見かけないし、

物乞いの姿なんかも、見かけなかった。

子どもの姿もあんまり多くは無かったけれど、

何人かは、出くわした。


どうやら、

ココの住民たちは、アフリカ人の顔と肌をしていた。

…えーっと、

エジプトって国は、

「地理的」には、アフリカの北東の端にあるんだけど、

「行政的な区分」では、

アフリカではなく、中東地域として扱われることが多いんだよね。

すると、住んでいる人々も、

真っ黒で唇の厚い、黒人顔のヒトよりも、

「ひげマリオ」みたいな中東顔のヒトが、多いのさ。

ヌビア村は、

黒人系の人たちが寄り添って暮らす、特殊な地域なんだろうなぁ。


一般的に、黒人のイメージってのは、

あまり清潔ではなく、アートにも関心は薄く、

質実剛健で、無骨な様子を思い浮かべると思う。

でも、

ヌビア村の雰囲気は、それとはずいぶん違ったよ。

さっきも書いたように、

村を彩る水色は、とても繊細で、美しかった。

子どものラクガキは無くても、

「成熟したアート」が描かれた壁は、幾つもあった。

そして時々、

全く違う色を塗った壁の家も、あった(笑)

どこの地域にも、「あまのじゃく」ってのは居るモンさ♪



僕がキブンよく散歩していると、

顔をスカーフで隠した、イスラム教徒と思われる女性に、

声を掛けられた。三十代くらいだろうか。

「こんにちは。

 ランチは、もう済みましたか?」

「いや、まだなんだけど…」

「着いていらっしゃい♪」

…一体、

善人なのか悪人なのかよくわからなかったけれど、

僕は、「ダマされてもイイや」という軽いキモチで、着いていってみた。


彼女は、のんびり優雅に歩き、角を2つも曲がると、

一軒の、庭の広い家に入っていった。

「庭で待っててね♪」

と、穏やかな声で言うと、家の中に消えていった。

水色の高い壁で囲まれた庭は、思いのほか、広かった。

おそらく、この集落の中でも、広いほうだろうさ。

周囲の内壁には、

縁側のような、腰掛けられる台座が取り付けられてあって、

ひさしのある部分も多かった。

子ども向けの簡素な遊具や、飾り付けも見られた。

案の定、家の中から3歳くらいの男の子が現れて、

手持ちぶたさな僕の、お接待をしてくれた(笑)

さっきの女性は、

15分後くらいにいったん現れると、

ハイビスカス・ティーとお砂糖を置いて、

「飲んで待っててね♪」と微笑み、また家に入っていった。

僕は、その時に初めて、ハイビスカス・ティーというモノを飲んだのだけれど、

上手く砂糖で調合すると、

甘酸っぱくて、美味しかった!!

ビックリするほど、美味しかった!!


更に20分も待っていると、

大きなお盆に、たくさんの料理を載せて、

さっきとは違う女性が、現れた(笑)

母親なのかメイドさんなのか、その辺はワカラナイ。

一転、その老婆は無愛想で、

何も言わずにお盆を置くと、家の中に戻っていった。

…無愛想なのではなく、英語が話せないのだろうと思うよ。

僕は、幾ら請求されるのかも解らないけど、

その料理をご馳走になった。

料理の内容は覚えていないけれど、

エジプトの大衆食堂でジモティたちが食べているような、

ごくフツウの食事だったよ。

主食があり、肉があり、野菜があった。デザートは付いていなかった。

とても静かな昼下がりに、

涼しい風の吹く縁側で、

「エジプト人の家庭料理」を、のんびりと、食べた♪


食べ終えて、

猫と戯れながら次の展開を待っていると、

最初の女性が、お盆を下げにやってきた。

「美味しかった?」と笑顔で尋ねられたので、

「デリシャス♪」と、笑顔で返した。

すると彼女は、

「代金は、あなたが思う額で、構いません♪」

と、上品に微笑んだ。

僕は、一瞬戸惑ったけれど、

彼女に10ドル札を渡して、笑顔で庭から出てきた。


…10ドルという額は、

エジプト大衆食堂の相場の、10倍と言えるよ(笑)

なんでそんなに払ったかっていうと、

サイフの中に入ってた一番小さい額が、10ドル紙幣だったからさ(笑)

…いや、

厳密には、小銭がチラっとあったんだけど、

あの豪勢な料理に28円ばかしを払って出てくるのは、

あんまりにも気が引けたよ。


庭から出て、

フェリー乗り場へ向かって歩き出すと、

40歳手前くらいの、日本人夫婦に出会った。

僕は、今起きたことの顛末を、カンタンに話した。

男性は、

「あぁ、僕らも昼過ぎに、同じ女性であろうヒトに、

 ご飯をご馳走になりましたよ♪

 親切なヒトですよねぇ!!」

と、嬉しそうな笑顔で言っていた。

…僕は、正直、

彼女が「親切なヒト」なのか、判断に迷っているところだった…

「観光客相手の新手の商売」のような気も、していた。


…後になって考えてみると、

彼女はやはり、「親切なヒト」だったのだ!!

なにしろ、

ヌビア村には、店という店が無かったんだよ。

ヌビア村の外にも、何にも無かったんだよ。

こちら側の岸辺に、

ジュースとお菓子を売る簡素な露店が、一つポツンと佇んでただけさ。

彼女は、

ヌビア村を散策する旅行者たちが空腹に困るってことに気付いて、

「自分が出来る範囲で」食事を提供することに、したんだろう。

でも、無償でやっちゃうと、

意地汚いヒトや依存的なヒトたちが、次から次へと押し寄せる…

だから、彼女は、

たとえお客の全員が28円でもカマワナイ覚悟で、

一人ひとりに、丹念に、食事を作るんだよ。

「新手の商売に決まってるよ!」

って誤解されることも覚悟の上で、

空腹なヒトたちに、食事を作り続けてんのさ♪


…キミは、どう思う?

彼女は、「親切なヒト」かなぁ?

「狡猾な商売人」かなぁ?



『導かれし者たち』

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