僕は、ヌビア村に向かおうと思った。
山の上から見ると、すぐ近くにあるように見えたけど、
実際に歩いてみると、30分以上も掛かった(笑)
川岸と集落は、小さなミニバスが結んでくれているから、
フツウはそれを利用するようだね。
30分掛けて集落に迷い込んでみると、
とても静かな、のどかな村だった。
商業施設は、ほとんど見当たらない…
一つも無かったかもしれない。それくらい静かなとこだよ。
路地は、迷路のように入り組んでいて、
「迷子が趣味」の僕としては、
散歩し甲斐のある集落だった♪
民家の壁は、
山の上から見て感じたのよりも、ずっと、
美しい、繊細な、薄い水色が多かった。
また、子どものラクガキは、ほとんど見当たらなかった。
道にはゴミなどもほとんど見かけないし、
物乞いの姿なんかも、見かけなかった。
子どもの姿もあんまり多くは無かったけれど、
何人かは、出くわした。
どうやら、
ココの住民たちは、アフリカ人の顔と肌をしていた。
…えーっと、
エジプトって国は、
「地理的」には、アフリカの北東の端にあるんだけど、
「行政的な区分」では、
アフリカではなく、中東地域として扱われることが多いんだよね。
すると、住んでいる人々も、
真っ黒で唇の厚い、黒人顔のヒトよりも、
「ひげマリオ」みたいな中東顔のヒトが、多いのさ。
ヌビア村は、
黒人系の人たちが寄り添って暮らす、特殊な地域なんだろうなぁ。
一般的に、黒人のイメージってのは、
あまり清潔ではなく、アートにも関心は薄く、
質実剛健で、無骨な様子を思い浮かべると思う。
でも、
ヌビア村の雰囲気は、それとはずいぶん違ったよ。
さっきも書いたように、
村を彩る水色は、とても繊細で、美しかった。
子どものラクガキは無くても、
「成熟したアート」が描かれた壁は、幾つもあった。
そして時々、
全く違う色を塗った壁の家も、あった(笑)
どこの地域にも、「あまのじゃく」ってのは居るモンさ♪
僕がキブンよく散歩していると、
顔をスカーフで隠した、イスラム教徒と思われる女性に、
声を掛けられた。三十代くらいだろうか。
「こんにちは。
ランチは、もう済みましたか?」
「いや、まだなんだけど…」
「着いていらっしゃい♪」
…一体、
善人なのか悪人なのかよくわからなかったけれど、
僕は、「ダマされてもイイや」という軽いキモチで、着いていってみた。
彼女は、のんびり優雅に歩き、角を2つも曲がると、
一軒の、庭の広い家に入っていった。
「庭で待っててね♪」
と、穏やかな声で言うと、家の中に消えていった。
水色の高い壁で囲まれた庭は、思いのほか、広かった。
おそらく、この集落の中でも、広いほうだろうさ。
周囲の内壁には、
縁側のような、腰掛けられる台座が取り付けられてあって、
ひさしのある部分も多かった。
子ども向けの簡素な遊具や、飾り付けも見られた。
案の定、家の中から3歳くらいの男の子が現れて、
手持ちぶたさな僕の、お接待をしてくれた(笑)
さっきの女性は、
15分後くらいにいったん現れると、
ハイビスカス・ティーとお砂糖を置いて、
「飲んで待っててね♪」と微笑み、また家に入っていった。
僕は、その時に初めて、ハイビスカス・ティーというモノを飲んだのだけれど、
上手く砂糖で調合すると、
甘酸っぱくて、美味しかった!!
ビックリするほど、美味しかった!!
更に20分も待っていると、
大きなお盆に、たくさんの料理を載せて、
さっきとは違う女性が、現れた(笑)
母親なのかメイドさんなのか、その辺はワカラナイ。
一転、その老婆は無愛想で、
何も言わずにお盆を置くと、家の中に戻っていった。
…無愛想なのではなく、英語が話せないのだろうと思うよ。
僕は、幾ら請求されるのかも解らないけど、
その料理をご馳走になった。
料理の内容は覚えていないけれど、
エジプトの大衆食堂でジモティたちが食べているような、
ごくフツウの食事だったよ。
主食があり、肉があり、野菜があった。デザートは付いていなかった。
とても静かな昼下がりに、
涼しい風の吹く縁側で、
「エジプト人の家庭料理」を、のんびりと、食べた♪
食べ終えて、
猫と戯れながら次の展開を待っていると、
最初の女性が、お盆を下げにやってきた。
「美味しかった?」と笑顔で尋ねられたので、
「デリシャス♪」と、笑顔で返した。
すると彼女は、
「代金は、あなたが思う額で、構いません♪」
と、上品に微笑んだ。
僕は、一瞬戸惑ったけれど、
彼女に10ドル札を渡して、笑顔で庭から出てきた。
…10ドルという額は、
エジプト大衆食堂の相場の、10倍と言えるよ(笑)
なんでそんなに払ったかっていうと、
サイフの中に入ってた一番小さい額が、10ドル紙幣だったからさ(笑)
…いや、
厳密には、小銭がチラっとあったんだけど、
あの豪勢な料理に28円ばかしを払って出てくるのは、
あんまりにも気が引けたよ。
庭から出て、
フェリー乗り場へ向かって歩き出すと、
40歳手前くらいの、日本人夫婦に出会った。
僕は、今起きたことの顛末を、カンタンに話した。
男性は、
「あぁ、僕らも昼過ぎに、同じ女性であろうヒトに、
ご飯をご馳走になりましたよ♪
親切なヒトですよねぇ!!」
と、嬉しそうな笑顔で言っていた。
…僕は、正直、
彼女が「親切なヒト」なのか、判断に迷っているところだった…
「観光客相手の新手の商売」のような気も、していた。
…後になって考えてみると、
彼女はやはり、「親切なヒト」だったのだ!!
なにしろ、
ヌビア村には、店という店が無かったんだよ。
ヌビア村の外にも、何にも無かったんだよ。
こちら側の岸辺に、
ジュースとお菓子を売る簡素な露店が、一つポツンと佇んでただけさ。
彼女は、
ヌビア村を散策する旅行者たちが空腹に困るってことに気付いて、
「自分が出来る範囲で」食事を提供することに、したんだろう。
でも、無償でやっちゃうと、
意地汚いヒトや依存的なヒトたちが、次から次へと押し寄せる…
だから、彼女は、
たとえお客の全員が28円でもカマワナイ覚悟で、
一人ひとりに、丹念に、食事を作るんだよ。
「新手の商売に決まってるよ!」
って誤解されることも覚悟の上で、
空腹なヒトたちに、食事を作り続けてんのさ♪
…キミは、どう思う?
彼女は、「親切なヒト」かなぁ?
「狡猾な商売人」かなぁ?
『導かれし者たち』