ヘビのように尻尾をくねらせて、列車は行っちゃった。
はぁあ。
僕は病人みたいに青ざめて、肩を落として棒立ちさ。
まぁいいさ、急ぎの旅じゃないさ。
気を取り直して、町に戻ろうと歩き出すと、
僕の背中から、ガッタンガッタン音がする。
何だ?と思って振り返ると、また1台、列車が入ってくるんだ。
僕は、その長いヘビが駅に収まって停まるまで、ずーっと眺めてた。
列車が停まると、降車客の群れに混じって、車掌が歩いてくるのが見えた。
車掌は見慣れない日本人に気づくと、近寄ってきて、
「チケットを見せてごらん」と愛想よく言う。
僕は、何にも期待せずにとりあえずチケットを差し出す。
すると車掌は、思いがけないことを言う。
「うん。この列車だよ。そしてこの車両だ♪」
へ???
いったいどんな神のおぼしめし!?
よくよく聞いてみると、
さっきの列車は、1つ前の時間の列車だったんだ。それが大幅に遅延してたのさ。
よく考えてみりゃ、その通りだよ。
東南アジアで時間どおりに出発する列車なんて、ありはしないんだ。
こんなことは、ホントによくある。
発車時間の電車に慌てて飛び乗ってみたら、1つ前の電車なんだ。
電車に乗るだけでも、ホント一苦労なんだ。
まぁ、タイとかマレーシアの列車なら、
電光表示や駅員が充実してるから、そんなにてこずることもナイよ。
とりあえず、目当ての列車には無事乗れた。
けど、落ち着けるかって言ったらそうでもナイ。
列車、ボロいし。
そもそも、造りが、列車というより刑務所みたいなんだよ。
なんだろ?この牢獄みたいな窓枠は。景色なんかぜんぜん見えない。
そのクセ、すきま風はぴゅーぴゅー入ってくる。立て付けが悪いんだ。
車内は薄暗く、ガラの悪い客も多い。
華やかな格好の女子大生とか一人も居やしないし、子供の無邪気な笑い声もない。
インドの列車が全てこうってワケじゃないよ?
3等列車ってのは、こうなのさ。一番安い席だからね。
列車はやがて、走り出す。
お腹すいたなぁ。でも食べる物なんかナイ。
駅で何か買えるだろうと思ってたんだよ。でも買えなかったからさ。
リュックの中にクッキーが少し残ってるのを思い出して、
申し訳程度にそれをかじって、空腹とみじめさをしのぐ。
列車が走り出すと、すきま風がますますうっとおしくなる。
暖房なんか付いてるわけもなくて、けっこう寒い。
だからさっきのジモティ客たちは、毛布とか持参してたんだな。
大丈夫なのかな?夜8時でこんな寒くて、真夜中は耐えられんのかな?
…耐えられない(笑)
真夜中になって外気が冷えると、ますますどんどん寒くなる。
毛布の1枚も配られるかと思ったけど、そういうのもナイ。
僕は、持ってる服をありったけ着込んで、タマゴ型にうずくまって震えをしのぐ。
毛布は支給されないけど、車掌らしき人が巡回しに来た。
チケットのチェックかな?全席指定だからね、そういうのもやるさ。
ドヴォルザークみたいなヒゲもじゃ顔の小柄な車掌は、
僕のチケットとパスポートをチェックすると、思いがけないこと言う。
「126ルピー、プリーズ。」
は??
「126ルピー、プリーズ。」
「何でカネ払うの?僕、ちゃんとカネ払ってるよ!」
でも彼は、「126ルピー、プリーズ。」そればっかり言う。
「なぜなの?理由を説明してよ!」僕は食い下がる。
車掌の服着たサギ師かもしんないし、サギする車掌かもしんないよ。
ドヴォルザークは、面倒くさそうな顔して、
何やらシワシワの資料を見せつけながら、片言の英語で応戦してくる。
「今日から、料金の改定があったんだ。
君はこのチケットを、昨日購入しただろう?
だからキミのチケットには、改定分の料金が加算されていない。
ここで追加徴収する必要があるんだよ。」
「そんなの信じられないね!
いきなり今日、今日突然、料金改定だって!?
もっと上手なウソをつきなよ!」僕は実際、半笑いしながら言う。
「嘘ではないから、何もつきようが無い。」
ドヴォルザークは、落ち着いた口調で僕をたしなめる。
僕は、
「じゃぁ、おじさんの顔、写真撮らせてもらうよ!
明日駅で聞いてみて、料金改定がウソだったら、ポリスに突き出すからね!」
まぁこんなふうに言えば、たいていのサギ師は食い下がるさ。
ドヴォルザークも案の定、撮られることを嫌がった。
「ほら、気まずいから抵抗するんだろう?」
「そうではない。
国家機密の問題として、車掌の写真を撮ることは禁じられている。
おまえのほうこそ、ポリスに突き出されるぞ!」
ドヴォルザークも怒りだしてきた。
うーん。警察ざたになるのはマズい。
たまたま今日に料金改定したって可能性も、ナイとは限らないしなぁ。
僕は、次の作戦として、
周囲の客たちに「このおっさんの発言は真実か!?」と問いただしてみたけど、
英語のわかる人は周りには誰も居ないらしかった。
僕は仕方なく、126ルピーを払った。
『「おとぎの国」の歩き方』