エピソード75
一行は言われたとおり、厨房の隅の粗末な木のベンチに腰掛けた。
休息のためのイスであるようだが、イスですらない粗末な木のベンチだ。同じ城の中でも、待遇が貴族とは雲泥の差であるようだった。
女「ふぅ。久しぶりだと疲れるわ」
すると若い女性の料理人が一人、仕事を一区切り終えてそのベンチに座った。手をうちわにして汗を扇いでいる。
な「お疲れ様ですぅ」ななは笑顔で話しかけた。
女「あらあなたたち、新入り?」
キ「まぁそのようなものですぅ♡」キキは愛想よく言った。
女「そう。早く私の代わりになれるように、がんばってね!ナンチャッテ」
な「えぇ、どういうこと?お姉さん、辞めちゃうの?」
女「シーっ!こんなところでそんな言葉を言わないで!
なんでもないのよアハハ」
キキは何かを察した。
キ「わたしたち、センパイの代わりになりたいですぅ。センパイは何が担当なのですかあぁ?」
女「え?私はオードブルとデザート担当のことが多いけど・・・」
ゆ「わ、私たち今日、デザートを王様のもとへお運びするんです!」ゆなは必死に話を合わせた。
モ「そうなの?私はモニカ、よろしくね」
キ「モニカセンパイは、どうして辞めたいのですか?
あ、ほら、ブラックな職場だったらわたしたちも困るんでぇ」
モ「えぇー!?そうねぇ。職場の案内も先輩の仕事かしらね。
でも10分だけよ?
ちょっと外に出ましょう。シェフたちの控え室があるわ」
モニカを加えた一行は、控え室に移った。
粗末なダイニングテーブルを囲んで話を再開する。
な「ここはブラックな職場なの??」
モ「いいえ、別にお城の調理場としては普通だと思うわ。
ただ私が、楽しく感じれないっていうだけで・・・」
モニカはうつむき加減で本音を吐露しながら、頭のコック帽を脱いだ。
ア「あれ???」
アミンは驚いた顔をしている。
3人「どうしたの??」
ア「君、さっき食堂でラーメン作ってた人だろう!?」
なんと彼女は、サンチョ食堂とやらの若い調理人だった!
な「え!またラーメン作ってくださいぃ~♡
今すぐラーメ」
ゆ「アンタはだまってなさい!」
ア「どういうこと?
昼間は食堂で、夜はお城で働いてるの?」
モ「いいえ、来週からはまたずーっとお城で調理よ。
たまたまた今週まで、実家の食堂を手伝ってただけ」
キ「ちょっと、もう少し詳しくお話きかせて?
ていうかその若さでお城のシェフなんて、すごくない?」
モ「ううん、世襲なのよ。私のお父さんもここでシェフやってるから。
その関係で私は7歳からここでお手伝いをしてて、色々覚えたから15でシェフに昇格したの」
な「すごぉーい!15歳でお城のシェフなんて!」ななは今15歳だから、余計にそう思った。
モ「すごくないのよ。お手伝いしてたらいつの間にかこうなってたってだけ」
ア「それで、もうその若さにして飽きちゃったってわけか?」
モ「ううん。飽きたっていうのも、まぁ遠くもないかもだけど・・・
私ね、ちょっと前から1か月の長期休暇を貰っていたの。お父さんと一緒にね。
普通はそんな長いお休み貰えないのよ?お父さんが勤続20周年だったから、そのご祝儀にね。
それでお父さんの実家のトルッカって町に戻ってたの」
ア「トルッカって、僕ら通ってきたぞ!」
な「そうだっけ?」
ゆ「森を抜けて最初の町じゃない?妖精のリラに会ったとこ」
な「あぁ~!」
モ「トルッカでは親族が食堂をやっててね。そこで、隣国エンドールの豚骨醤油ラーメンを出していたの。
私、それを食べてえらく感動しちゃってね!
ううん。味だけじゃないの。
スープをじっくり丁寧に作り込んでるのにすごい安い値段で提供する美学が、エンドールのラーメン屋さんにはあるらしくてね。それにお客さん一人ひとりに合わせて、スープの濃さを調節したり、麺の堅さも茹で分けたりするのよ?麺だけなら1ゴールドで替え玉させてあげたり。
・・・そういう美学のすべてに感動しちゃったの。涙が出ちゃった。
それで私、気づいたのよ。
『あぁ、私が本当にやりたかったお料理ってこういうことだわ!』ってね。」
な「どういうこと??」
モ「だって、お城での調理はヒドイじゃない?」
ゆ「ヒドイの?」
モ「お貴族様のためにね・・・
私たち毎日、ものすごい種類の料理を作るの。まるでバイキング会場みたいに。
で、王様やお姫様が食べるのはほんの一部よ。1/10にも満たないくらい」
な「残った料理は?」
モ「わかるでしょう?すべて廃棄するの。
シェフたちがつまみ食いすることすら叶わない(まぁこっそり食べてる人もいるけど)。
パーティがあるときはさらにうんざりするわ!
300キロもの食材を使って朝からお料理して、298キロは廃棄するのよ。
そしてその食材費は?国民の税金よ・・・」
ゆ「あぁ・・・」
モ「お城のシェフなんてこんな名誉なことはない!って、毎日胸を張って料理するシェフもいるわ。
こんなにお給金貰えるんだからなんでもいいさ!って、そいういうシェフもいる。
でも私は・・・
幾らお城のシェフでも、お給金が高くても、残飯まみれの台所にいることが苦しいって思っちゃうの。
もっと尊敬できる人のために、お料理作ってあげたい」
キ「だから、辞めたくなっちゃったのね・・・」キキはモニカの手を優しく握って言った。
モ「今まではあまり考えないようにしてたんだけど、休暇でトルッカのお店を手伝ったら、なんかもう虚しくなっちゃったの。
それで休暇を早めに切り上げて、グランバニアにある実家の食堂で、ラーメンを再現して提供してたってわけ。
・・・これで、辞めたい理由と城下町にいた理由、両方とも説明できたかしら?」
キ「辞めちゃえばいいじゃない?」
モ「えぇ?そんな簡単に言わないで。
お城から弾き出されたら私・・・。生きてはいけないわ」
ゆ「お城からの期待が大きいから、っていうのもあったりして?」
モ「それもあるっていうのが本音。なにしろ7歳からここに居たんだから、私ったら何でも知ってるの。重宝されてしまうわ。
でも、なんかよくわかんなくなっちゃった。気が付いたらいつの間にか、20歳・・・」
キ「恋もしたいお年頃だし、ね♡」
モ「え!?
・・・・・・そうね。そういう思いもあるのが本音だわ」
な「お城で恋愛できないの?男の人いっぱいいるよ?」
ゆ「社内恋愛って気まずいのよね」
モ「『お城のシェフなんて名誉だぜ!』って言ってる人と、お付き合いしたいと思う?」
な「そっかぁ」
モ「それで良いって女性も多いのかもしれないけど、私は物足りないわ。
恋愛をするなら、もっと心から恋愛したいの。
何かもっと、私にピッタリな人が世界のどこかにいるんじゃないかなって・・・」
キ「うふふ。わたし、モニカの運命の人が誰だか、察しがついちゃうわ♡」
モ「えー!!
っていうかあなた、そんな喋り方だったっけ(汗)」
料「おーいパティシエ!どこ行ったー!」
モ「あ、やばい、行かなくちゃ!」
王様のことなんかもうどうでもよくなり、一行はそれでお城を後にした。