エピソード86
大臣はれいに、客間を1つ用意した。その豪華さに驚くばかりのれいだった。ベッドはまるでトランポリンのように弾み、洒落た天蓋(てんがい)も付いている。カーテンにはたくさんの刺繍が施され、それを眺めているだけで数日暇が潰せそうだ。
用心棒候補となり、城の兵士たちのれいへの対応も変わった。貴族になった気分だ。歯が浮く思いだ。
豪華なベッドでくつろいで1日を過ごしたい気持ちもあったが、明日の試合のために準備をすべきだと、れいは思った。
おそらく、真っ向から対峙したら勝てはしない。何か対策が必要だ。
れいは城下町を歩きながら、策を考えた。デイジーに何を教わったっけ?セレンに何を教わったっけ?一人旅でどんな教訓を得たっけ?
防具屋を覗く。
防「やぁ、防具の店にようこそ。どんな用だね?」
れ「魔法の威力を上げる装備品などありませんか?」
防「こんなのどうだ?《サークレット》だ。頭に付ける防具だよ。髪飾りみたいなもんだがね、魔法のチカラが込められてるからただの飾りじゃないよ」
れ「いくらですか?」
防「980ゴールドだ」手頃な値段だ。
れ「それをください」
れいはその《サークレット》を装備した。シャーマンのようでもあり、踊り子のようでもある。
すこし悩んだが、セーニャに貰った髪飾りはもう外す事にした。
人と剣を交えるなんて初めてだ。
負けられない試合も初めてだ。
せっかくのお城の客間を、優雅に堪能する余裕もなく、そわそわしながらその日を過ごした。
その日の晩のことだ。
れいは王から直々にお呼びが掛かった。近衛兵の一人がれいを呼びに来た。
近「れい殿。王がそなたに、大事なお話があります」
なんと客室のドアを開けたのは、昼間に食堂に居た立派な白い兵士だった。しかし「また会いましたね」と挨拶する間柄でもない。れいは澄まして首を縦に振る。
一体なんだろう?
寝室ではない。応接間である。大臣の姿はなく、家臣が2、3いるだけだった。
王「れいと申したか。夜分にご足労をかける」
れ「いいえ。お気になさらないでください。
・・・言葉遣いが間違っていたら申し訳ありません。慣れないことでして」
王「いやいや気にするな。
ところで・・・
そなた、大臣をどう思う?」
れ「えぇ!?どう思うと申されましても・・・」
近「大きな声を出さぬよう!」
れ「あ、すみません」
王「王子の儀式に対して、執着が強すぎるように思えて戸惑っておる。
国の発展に非常に熱心であるととれば、そうでもあるが・・・」
れ「何か裏がある、と?」
王「ううむ。世襲を嫌がるという話であれば乗っ取りの企みが見えるが、王子の継承のために熱意があるようだし・・・。しかし何か引っかかるのだ」
れ「そうですか。
・・・・・・。
現時点では私には、何も申し上げる言葉がありません。
しかし王様のお言葉を、頭の隅に入れておきます」
王「そうだな。迂闊に何も言えんか」
れ「ちなみに・・・
王子様の儀式に、大臣様はご同行されるのですか?」
王「あぁ。その予定になっておる。彼が儀式の成否を見届ける」
れ「そうですか・・・」
れいは、考えなければならないことがまた増えてしまった。